中村哲医師の残したもの 2

 ○参考人中村哲君) 中村です。
ペシャワール会現地代表として発言を許していただきたいと思います。
私は、実はおとといまでジャララバード北部にあります干ばつ地帯の作業現場で土木作業をやっておりました。
なぜそうなのか。
今日の議題と一見関係ないようですけれども、実はアフガニスタンを襲っているのは、最も脅威なのは大干ばつでありまして、
今年の冬、生きて冬を越せる人がどれぐらいいるのか。
恐らく数十万人は生きて冬を越せないだろうという状況の中で、私たちは、一人でも二人でも命を救おうということで力を尽くしております。
そのために用水路の建設、これは冬が勝負のしどころでありまして、何とか完成しようということで力を尽くしておるわけであります。
繰り返しますけれども、アフガニスタンにとって現在最も脅威なのは、みんなが食べていけないということであります。
イギリスの著名な団体の発表によりますと、恐らく五百万人の人々がまともに食べられない、
飢餓状態にあるというのがアフガニスタンの現実でありまして、このみんなが食べていけない状態、
そのためにみんな仕方なく悪いことに手を出す、あるいは傭兵となって軍隊に参加するという悪循環が生まれておりまして、
今日審議される事柄と決して無縁どころか、一つの大きな要因を成しておるのではないかというのが私たちの認識であります。
例えば、穀物自給率は半分以下、小麦の価格はこの一年で三倍から四倍に高騰しておりまして、普通の人々はもう生きていけない。
私たちの職場でも職員百五十名の給与を過去五回にわたって上げましたけれども、それでも食えない状態と。
一般の人々にとっては戦争どころではないというのが思いであろうかというふうに私たちは考えております。
衣食足って礼節を知るといいますけれども、まずみんなが食えることが大切だということで、私たちはこのことを、
水それから食物の自給こそアフガニスタンの生命を握る問題だということで、過去、ペシャワール会は干ばつ対策に全力取り組んできました。
私たちは医療団体ではありますけれども、医療をしていてこれは非常にむなしい。
水と清潔な飲料水と十分な食べ物さえあれば恐らく八割、九割の人は命を落とさずに済んだという苦い体験から、
医療団体でありながら干ばつ対策に取り組んでおります。
その結果、現在、ジャララバード北部、具体的にはニングラハル州北部全域に展開いたしまして、
五年前から用水路の建設に着手いたしまして、現在二十キロメートルを完成しつつあります。
その結果、それまで荒廃していた砂漠化地帯で十数万人の人々が帰ってきて生活できるようになる。
更にこれが二十数キロ完成いたしますと約五千ヘクタールから六千ヘクタールの新たな開墾地が生まれまして、
二十万人、三十万人以上の食料自給が可能になるということで、地域住民と一体になって仕事を進めておるところであります。
それだけではなくて、こういった人海戦術を使った、現在五百名以上の作業員が私たちと仕事をしておりますけれども、
当然雇用が発生する。それを聞き付けて、パキスタンに逃れておった干ばつ避難民が戻ってくる、あるいは国内避難民が戻ってくるということで、
仕事をしている間は日当で何とか食い、それから水が来れば、これは自分たちの土地ですから、自給自足の国なんですね、
アフガニスタンは八割以上が農民の国でありまして、彼らは水さえあれば、所得こそ少ないですけれども、農産物さえあれば決して貧しい国ではない。
彼らの要求というのはそう高くない。
家族がまず一緒にふるさとにおれて十分な食べ物があること、それ以上の望みを持つ人は私は少ないと思います。
そういうことでありまして、私たちは、まずは水、それも清潔な飲料水。これは、具体的には千五百本の井戸を私たちは掘ってきましたけれども、
この事業も継続されております。
さらに、農業生産力、農業自給率を高めるということに力を尽くしております。
さらに、今アフガニスタンの問題がいろいろ言われておりますけれども、この干ばつに加えまして、
アフガニスタンをむしばんでおるのが暴力主義であります。
これはアフガン人の暴力であることもありますし、外国軍による暴力のこともある。
これがアフガンの治安の悪化の背景を成しておりまして、私どもはこれに対しても心を痛めておる次第であります。
今、盛んに報道されておりますけれども、アフガニスタンは現在治安が悪くなる一方でありまして、
しかもその治安悪化が隣接するパキスタンの北西辺境州まで巻き込んで膨大な数の人々が死んでおるということは皆さん御存じだと思います。
先ほど冒頭に述べました干ばつとともに、いわゆる対テロ戦争という名前で行われる外国軍の空爆
これが治安悪化に非常な拍車を掛けておるということは、私は是非伝える義務があるかと思います。
一口にいろんな反政府運動だとか武装組織だと言いますけれども、アフガン土着の反抗勢力を見渡してみますと、
基本的にアフガンの伝統文化に根差した保守的な国粋主義運動の色彩が非常に濃い。
切っても切っても血がにじむように出てくる。
決してある特定の、旧タリバーン政権の指令一つで動いておるわけではない。
いろんな諸党派が乱立しまして、それぞれに外国軍と抵抗している状態。
それから、かつてなく欧米諸国に対する憎悪が民衆の間に拡大しているというのが、
私たちは水路現場で一般の農民たちと接しておりまして感じる実感であるということは伝えておきたいと思います。
もちろん、いろんな反抗勢力の中には、私たちの伊藤君、職員の一人であった伊藤君が犠牲になったように、とんでもない無頼漢もいますけれども、
各地域でばらばらにそういった自発的な抵抗運動が行われておる。
それだけ根が深いわけでありまして、恐らく二千万人のパシュトゥン民族農民を抹殺しない限り戦争は終わらないだろうというのが、
これは私ではなくて、地元の人々、これは地元のカルザイ政権も含めた人々たちの意見でありまして、
しかも、武装勢力といっても、アフガン農村について日本で知っている人は少ないと思われますけれども、
兵農未分化、すなわち侍と百姓が未分化な社会でありまして、すべてのアフガンの農村は武装勢力と言えないことはない。
その中で混乱状態が何を引き起こすかというのは御想像に任せたいと思います。
しかも、アフガン農村では復讐というのは絶対のおきてであります。
ちょうど赤穂浪士のようなものなんですね。
私たちはニュースの上で、アメリカ兵が今年は何名殺された、カナダ兵が何名殺されたということはニュースになりますけれども、
その背後には、一人の外国兵の死亡に対して、何でもない普通の人が死ぬアフガン人の犠牲というのはその百倍と考えていい。
すなわち、外国人の戦死あるいは犠牲者の百倍の人々が、日々、自爆要員、いわゆるテロリストとして拡大再生産されていく状態にあるということは
是非伝えるべきだと私は思います。
アフガニスタンパキスタンの国境地帯もこの悲劇が及んでおりまして、現在、抵抗勢力が何か危ないとパキスタン側に逃れるということで、
パキスタン側、アフガニスタン側両側から挟み打ちのようにして軍事作戦が行われておるようでありますけれども、
これがまた今度は、うそのような話で、パキスタン国境地帯からアフガン側に流れてくるパキスタン難民というのが発生する。
こういった事情の中で、私が二十五年いる中では現在最もアフガニスタンは治安が悪くなっておる状態だと言うことができると思います。
さらに、対日感情につきましても、これは少しずつ陰りが見えてきておるということは私は是非伝えておく必要があると。
かつて広島、長崎というのは現地では有名でありまして、アフガン人の知識人のほとんどは、
アフガニスタンの独立と日本の独立が同じ日だというふうに信じている人が多いくらい親日的なんですね。
ところが、最近に至りまして、米国の軍事活動に協力しているということがだんだん知れ渡ってくるにつれて、私たちも身辺に危険を感じるようになりました。
やはり、あの最も親しいと思っていた日本が同胞を殺すのかと思えばこれは面白くないわけでありまして、
これは日々日本に対する感情は悪くなっているということははっきり言ってもいいんじゃないかと思います。
かつては、我々、外国人、欧米人と間違えられないために日の丸を付けておれば、まず山の中のどこに行っても安全だった。
ところが、今その日の丸を消さざるを得ないという状況に立ち入っているというのが現実であります。
私の舌足らずの点は後ほど質問の中でるるお答えしたいと思いますけれども、
現在、日本の中でいろんな議論がされておりますけれども、よく私たち、私たちといいますか、
日本で当然のように議論のベースになっておる国際社会という言葉、これに私は率直に現地から疑問を呈さざるを得ない。
国際社会という実態は何なのか。
少なくともアフガンの民衆は国際社会の中には入っていないということは、
一連の議論の中から私が率直に、先ほど忌憚のない意見をということでしたので忌憚なく申し上げますと、
国際社会の実態というのは、少なくともアフガニスタンパキスタンの民衆はその中には入っていないということは言えると思います。
私たちは、国際社会、国際協力、国際貢献と言うときに、何をもって国際と言うのかという
土俵からして十分な審議を尽くさなくちゃいけないのではないかというふうに思います。
話が長くなりますけれども、やはりこれは、国際というのは、国や国家が、国家、民族、宗教を超えて、
人々が互いに理解し合って命を尊重すること、これが平和の基礎であろうと現地にいて分かるわけですね。
今、日本はその分かれ目にある。
これが最後になりますけれども、いかにより良い世界、より安全で平和な日本を自分たちの子孫に残すか。
我々は十年、二十年かすると死ぬ、あるいはぼけてこの世からいなくなってくる。
この日本の子孫たちにどういう世界を残すのか、私たちは岐路にあると思います。
このアフガン問題というのは確かに局地的な国際紛争かもしれませんけれども、
これを目先の政治的な道具にしたり、あるいは目先の経済的な利益という観点から見るのでなくて、
実際にこれからの日本の岐路を決定する重要な問題だとして先生たちの十分な討議をお願いいたしまして、
舌足らずではありますが、私の意見とさせていただきます。
 どうも御清聴ありがとうございました。

2008年11月5日参議院証言